2016年11月8日火曜日

[閑話]「苦労即ち悪」という風潮もどうかと思うよね、というお話

皆様お疲れ様です。月曜日の朝からプチ出張に行って参ったため、週始めで既にバッテリーが切れかけのにったです。

今週は金曜日に前鹿島所属のFW大迫勇也がカシマスタジアムに”凱旋”するということで、その楽しみをエネルギーに変えて残り4日を乗り切ろうと思っております。

という訳でハリルホジッチ監督、ぜひともサコに一仕事できるだけの時間を与えてあげてください…!


【ノムさんが語る『凡人の強み』正しい努力をすれば、天才でなくても成功できる by ベストタイムズ】
http://best-times.jp/articles/-/3528

先日Twitterで「『買ってでも苦労しろ』という言葉を作ったのは売る側の人間だ」という(「苦労」に対して批判的・否定的な)ツイートを見かけました。

(ものすごくリツイートされており、お気に入り登録もものすごく多かったです…。)

まぁこれまで、「買ってでも苦労しろ」…というか「苦労」という言葉を、社会(特に仕事面ですね)での立場が上位の者が都合良く使ってきた歴史も大いにありますし、アレルギー反応を見せる(若い)方が多いのも理解できるところではあります。


ただ僕は、「苦労」が「即ち悪」だとは全く思わないんですよね。
大切なのは「苦労をすること」ではない。

「苦労を経験したこと」をきっかけとして、そこから自分が何を感じ、どう考え、どんな行動を起こしたかが問われるのである。
というノムさんのこの言葉に、「苦労することにより得られるもの」の本質が詰まっているなぁ…と感じる次第なのであります。

一応僕の言葉に言い換えておきますと、

「苦労することそれ自体が大事なのではなくて、苦労している状況から抜け出すためには色々と試行錯誤をするでしょ。その試行錯誤(の過程において考えたことや感じたこと)が自分自身の”ストック”になるんだよ。」

といったあたりになるでしょうか。


あとは、その苦労が「自分で選択したもの」なのか、「他人に押し付けられたもの」なのかによっても結論が異なると思うのです。

後者はもちろん言語道断、「しなくても良い苦労はしなくて良いんだよ」というものですね。

逆に前者の方は上記の「試行錯誤」に繋がることですし、そういった経験は何事にも勝る貴重な武器になるものと考える次第です。

野球選手の中でも、2軍生活が長かったために苦労人と呼ばれている選手がいる。しかし彼らは下積みのときには「苦労している」ということを自ら意識することすらなく、コツコツと努力を続けていたはずである。

その結果努力が実を結び1軍で活躍できたときに、初めて周りの人が「あの人は苦労人だね」と認めてくれるのである。
「努力」とか「苦労」というのは、その真っ只中のときには「自分は努力してる」とか「自分は苦労してる」とか思わないもの。

 目の前の「試行錯誤」をしっかりとこなせるということが、「成功」への(遠そうに見えるものの結局は)近道、なのだと思います。


大事な話が詰め込まれまくっていたために、思いの外話が長くなってしまったので、今回は前半部分までのご紹介ということで…!

またそのうち、後半部についてもアップしようと思っております。