はじめての皆様へのご挨拶

2025年9月9日火曜日

「労働からの解放」ねぇ…?

AGI/ASIが普及した未来を想定したときのディストピアパターン(想定)の1つがこれやね。


界隈で期待される(よく目に入ってくる)「AIによる労働からの解放」というパターンについての評価はここでは置いておくとして、仮にこのツイートが示すパターンを辿るとするならば、を改めて考察(妄想)してみる。

まず、我が国というマクロの観点で見ると、私の意見はAI関係なくずっと昔から一貫して、化学とハードウェアを基幹産業として100倍プッシュするべき論者である。

これは今でも変わらないし、何ならより強く思っているくらいである。

一方、個人というミクロの観点で見ると、LLMが一定程度”使える”水準になって以降の考えは、「他人が面倒だと思う、身体と頭脳の両方を使う仕事」や「そもそもコミュニケーション自体が仕事内容である仕事」が仕事として最後まで残ることなんじゃないかと見ている。

もちろん、最終的にはこれらも全てAIが担う世界が来る可能性を否定しない。


個々人としては、究極的には、仕事”ではないこと”で人生の楽しみを見つけるということが最も重要になるのかなと思う。

しかし、そうは言っても、生きるためには必要最低限の所得・資産は必要だからね…(仮にベーシックインカムが実現するにしても、実現するまでの移行期間を乗り越えなければならない。)

そうなると、やはり何かしらの(複数の)”ムラ”を形成・所属・その発展に貢献し、できる限りの共助体制を構築・維持しておくことが重要ではないかと考えている。

自分自身が生きるという観点ももちろん込みで、難しい時代だなぁ、と心の底から感じている。


2025年8月20日水曜日

若年層の雇用問題のジレンマ、凄まじそうに見えるが…(中国)

Top court clarifies mandatory social insurance payment obligation

我が国でも他の国々でも同様の議論が度々起こるし、(おそらくは少子化・高齢化下の社会においての)社会保険制度、特に老齢年金制度というものは、構造的に設計・運用が難しいものなのだろうと思うところである。

なお、企業は企業で(体力のないところを中心に)業務委託化を進める傾向を強めているというところまで含め、デジャブかなと感じる次第である。

参考: 中国における雇用問題:社会保険と若者のジレンマ [岡本信広の教育研究ブログ]

ただでさえAIその他影響による若年層の失業率が問題になっているところに、この年金問題対策で結果としてそれをさらにプッシュしてしまうというところに構造的な難しさを感じるが、さてさてどのように打開するのだろうか。

ここまで生産や消費については(米欧日で言われているよりは)我慢強く耐えてきている印象がある。雇用との綱引きでどちらが勝つか、が分水嶺となると私は見ている。

2025年7月21日月曜日

減税の熱狂の先に見える風景は?

ホンマに減税やるの?

―とまるで民意に物申すような一言から始めたが、そういった意図は全くない。

何なら、公の場で政策議論などをしようとは1ミリも思っていない。

興味の矛先は、ひとえにその効果・影響と、弊事業等のポジションの調整だ。


既にそこらじゅうで想定されている話なのでさらっと終わらせるが、仮に民意を反映した政策が100%実行されたとすると、少なくとも短期的には経済刺激と物価上昇となるだろう。そこに異論はない。

問題はその先。

ここから技術進化でディスインフレ(デフレ)のターンがそのうちいずれやってくる(だろうと想像している)のだが、そうなった場合、雇用は当然弱含みとなる。

雇用が減退すると、需要減退型のディスインフレ(デフレ)になる。そのときに経済を刺激できるだけの財政余力が残されているのかどうかは私には分からない。


コストプッシュの中でデマンドをプルしようとしていて、そのデマンドは雇用減退でプルできるだけの地力が失われていて―というのが、起こることとして1番最初に思い浮かぶこととなる。

まぁ、これはおそらくは最も最悪なパターンなので、現実は、日銀がどれだけ専門知という盾で粘る(粘りきれる)かだとか、なんだかんだ立法の場面では落ち着いたところに落ち着かせていくのかだとか、海外(特にFRB)の金融政策がどうなるかだとか―などの変数により、よりマシな未来があるのではないかと想像している。


ではこれを念頭にミクロとしてどう動くかというと、「最も最悪なパターンをケアしながら、付いて行けるだけ付いていく」というのがしばらくの考え方になるのかな、と現時点では捉えている。

(デマンドをプルするのであれば、前述の通り、デマンドをプルするのだから、しばらくは経済情勢は強い。あっ、典型的な小泉進●郎構文になってしまった…!)

割としんどいところまで来ているかもしれない肌感である消費が、それにどこまで耐えられるかどうか次第であろう。

その先は変数の動き方次第やね。


もちろん、明日以降の政局次第で掌返し上等です。

2025年6月18日水曜日

隷従への道は現代に通ず、否、今こそ通ず

平素からハイエク党を公言しているワタクシめ、秒で反応せざるを得なかった笑

政府が関わってくることへの警鐘:ハイエク『隷従への道』が現代に問いかけるもの


これを80年以上前に主張しているハイエクの慧眼よ。

また、80余年間解決していない「市場の(負の)外部性 vs 政府の(負の)外部性」問題というのは、人類が人類である限り永遠に解決できない課題なのかもね…とすら感じる。


なお、上記記事では米国と中国が例として取り上げられているが、我が国も他人事ではないと考えている。

今こそ1人1人が哲学すべきテーマであると心から思う。


2025年6月9日月曜日

小さく入って、パッと損切り、押し目で増やして、のんびり利食い

僕なんかもう、常々「明日は我が身」と思ってるやで…。


氷河期やリーマンを知らない人が増えるとともに、氷河期やリーマンを生き残った人が目に見えるところでの声が大きい傾向にあることからかな、この感覚を持つことは時間が経つほどにより難しくなっていくのだろうなと思う。


経営/事業という観点でみると、これまで以上に「小さく始めて、(定義した戦域でNo.1になれないものは)さっさと撤退し、(そのふるいに残ったものは)大きく伸ばす」が重要になると思う。

また、それがより誰しもにとってより投資負荷低くできるようになっていくと思う。

アイデア(事業の種)を見つけたら、人を集める(雇う)よりも先にAI+自分自身でプロトタイプ作って、極小予算で広告かけて、コンバージョン取れたらその感覚に応じて(ようやくこの段階で)必要最小限の人を集める―みたいになっていく。

(まぁ、既にどこででも言われてることですね。)


「アイデア(事業の種)を見つけたら―」は誰しもが言ってるだけに、この部分では差は付かないでしょう。やるかやらないかだけだし、やる人間は増えるでしょうし。

そうなると、どこで差分が付くかというと、撤退判断。

「AI+自分自身」の段階で撤退できるかどうかの嗅覚と決断力(進みたいバイアスにかかる自分を否とできるかどうか)がより大事になっていくと思っている。


そうなると、損切りの美学を持ってる人は有利かもしれない。

「小さく入って、パッと損切り、押し目で増やして、のんびり利食い。」。

ある”市場の人”の言葉だ。市場はあらゆることを教えてくれる…かもしれない。


「労働からの解放」ねぇ…?

AGI/ASIが普及した未来を想定したときのディストピアパターン(想定)の1つがこれやね。 「AGI/ASIで労働から解放されてベーシックインカムで暮らす」が成り立つのは、今のところアメリカと中国だけです。日本ではほぼ実現不可能です。… — Koki Ikeda (@...